アリアの覚書

Twitterに投げるには長いことを書きます

ニューアーク方式

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「ねえ、どきどきしない?」
「なんで?」僕はたじろぐ。図書室には人気がなく、いるのは彼女と僕だけだ。
「本を借りるときにさ、こうやって名前を書いてもらうでしょ」
彼女は図書委員で、僕は本をよく借りる。彼女はブックカードにさらさらと僕の名前を記入していく。彼女の長い髪が本の端にかかっている。
「人の名前を自分に書かれるのってさ」ようやく主語がはっきりする。彼女はいつもこういう喋り方をする。曖昧で、思わせぶりな。
「それがブックカードの一番あたまだったら」僕は話す。「あるいは一種の喜びを感じるかもしれない。自分がこの図書室で最初にこの本を手に取ったことになるからさ」
僕は嘘をついている。2ヶ月前、『金閣寺』を手に取ったとき、ブックカードに彼女の名前があるのを見て、僕はよほど変な気分になったものだ。でも黙っている。
「そうかー、でも」彼女は首をかしげる。大きな目が傾いて、こちらを見る。「そうじゃなくて、他の人に名前を書いてもらうってこと。今みたいに」そう言って、彼女は僕の名前の最後の一字を書き、スタンプを押した。綺麗に払われた最後の一画に目が留まる。彼女は図書委員で、色々な人の名前を書いてきたのだ。
「それは」僕はためらう。「多分、書くのが誰かによる」
それが何を意味するのか、僕はわからない。耳の奥に血液が流れているのを感じる。それが何を意味するのかも、僕にはわからない。
「へーえ」語尾を変に伸ばして、彼女はにっこりする。
彼女は僕の知らないことを知っていて、僕にはそれがわからない。
「勉強したまえ、少年」彼女はそう言って、僕が借りようとしている『嵐が丘』を差し出す。
「同学年でしょ」僕はため息をつく。「じゃあね」
「また明日」彼女が言う。

 

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注:この作品はフィクションです。